先日、ちょっと遠い親戚のお葬式に参列してきました。
昔にしては珍しくうちの両親は共にひとりっ子のため親戚が少ないという事もあってか、冠婚葬祭が少ない家でした。
お葬式って、かなり非日常で、マナーを少しくらい間違ってもめでたいのでと笑って許される結婚式とは違い、ちょっとした間違いが「洒落にならない」雰囲気があるため、緊張度が高い気がします。
その反面、堪えれば堪えるほど変に笑いそうになってしまうタイミングもあり、口元だけ少し緩んでしまったりする時があります。 張り詰めた空気のなかで始まったお坊さんの読経の出だしの声が裏返ってしまった時とか・・・。
イメージ写真です
勿論、人の死は厳粛に受け止めるべき事であり、悲しみは伴いますが、故人はどのように思っているのでしょうか。
例えばミュージシャンが明るく音楽葬を行ったりしますが、一般的にも優しく微笑む遺影をを見ると、「そんなに泣かないで。」と言っているように感じる私です。
先日のお葬式では会場に向かう前の姉とのやり取りでこんなことがありました。
故人が姉の嫁ぎ先の関係の方だったため、時間や場所などの細かい詳細は、ラインで姉に確認していた私。
その中で、慌てていた姉は 「私、くじにでなあかんから。」とほぼ平仮名で送ってきたのでそれに対して私が 「え?クジ?そんなに火葬場混んでんの?」と、返してしまいました。
3年前の祖母の葬儀の際、大きな火葬場で、自分達以外の遺族も見かけたのを思い出し、火葬の順番がクジ引きなのかと本気で思ってしまったのです。
「9時!笑かさんといて!」と、速攻返信がありました。
9時に家を出なきゃいけないから今忙しい、という意味だったのですね。 周りにもご遺族がいらしたでしょうに間抜けな妹が笑かしてごめん、お姉ちゃん・・・。
厳かに行われたお葬式が終わり、近い親族は火葬場へ、それ以外の方は、霊柩車とそれに続く親族が乗ったバスと自家用車を見送ってお別れですとなった時、 なかなか出発しない先頭の霊柩車・・・次第に「何待ち?」的な空気に。
よく見ると姉が居ません。
あら?お姉ちゃん待ち?!と感じた私は旦那さんに駆け寄り、
「どうしました?」と聞くと
「車のキーを俺のコートに入れたままにしてきたから取ってきてって言ったら帰ってけえへんねん。」ということだったので
「えー!?私、見てきますよ!」
「いや、俺が行く!」
「なんで?私が行った方が。」
「いや、行く行く!」
と、会場地下駐車場から親族控室のある3階へのエスカレーターになぜか2人で乗り込みます。
3階に到着したら、多分一緒に鍵を探してくれていたであろう会場の係の方が、
「今降りて行かれました!」と。
うわー最悪やん、入れ違いによる更なるタイムロス!
せめてお義兄さんが地下に居たら私はお見送り組だから皆さまご出発できたのにー。
っていうか私が慌てて見に行くとか言わへんかったらもうちょっとでお姉ちゃん、戻ってきたのにー。 後で聞くと、私達が上に上がったタイミングで隣のエレベーターから鍵を持った姉が降りてきたそうで・・・
コントみたいになってるやん。
義兄のコートには会場スタッフの計らいで丁寧にカバーがかけられてしまわれていたため、姉がなかなか見つけられなかったと。 みんな、悪気はないんやけど・・・ほんま、皆様、お待たせしてすみませんでした。
3年前の祖母のお葬式でも色々ありました。
母方の祖母で私が生まれた時には、他の祖父母はすでに他界していたため、私にとって唯一のおばあちゃんで、物心ついた頃からは同居していたし、私が上京した際には半年ほど私の一人暮らし用のアパートで一緒に暮らした思い出があります。
私は自分が母という立場でお葬式に出席したことがなかったので、まず息子に何を着せたら良いかがわかりません。
おばあちゃんは96歳の老衰による大往生でしたが、危篤になってからはそんなに間がなく逝きましたので、葬儀は割と急な感じの日程になりました。
当時小学4年生の息子はサッカーやテニスをしていたせいか、アディダスやナイキの動きやすいスポーツウェアばかり着ていました。(着せていました)
スーツ?1回しか着ないのに勿体ないかなぁ・・・でももったいないと思うこと自体がなんかおばあちゃんに申し訳ないような・・・5年生やったら、卒業式で着れるサイズにするけど、今6年生サイズにするとぶかぶか過ぎておかしいし・・・とかこんな時に考えることがこれまた不謹慎?!
と、結局「割とちゃんとして見えるけどお手頃価格」のスーツを買いに行きました。
この時買ったスーツで後に出席した親戚の結婚式の写真(私も同じ服)
私は、何年か前に喪服にもなるワンピースと上着を購入していたので、それで、と思いましたが、(ん?お通夜とお葬式って同じ服でいいの?)という疑問が・・・。
母に相談すると「ええと思うで。」ということだったので、その一式を持ち帰りましたが、母はやはり年の功でしょうか、喪服をたくさん持っていて、自分は替えると言うので、「え、ずるい〜!」とよくわからないひがみ方をしてしまいました。
ひと口に一式と言っても、喪服、喪バック、喪サブバッグ、喪ストッキング、(厚すぎず、薄すぎない程よいデニールの黒ストッキング)、喪アクセサリー、喪ヘアゴム、喪靴(バッグ同様革製品は殺生イメージさせるものは基本的にダメ)、など、日常では使わないものが沢山ありました。
この様な情報は今はネットで調べればすぐに分かるのですが、サイトによって書いていることが違ったりして結局は何が正しいかわからず、実家の母や姉に電話して聞くというアナログな方法に頼りました。
「パールがピンクがかったやつしかないけどええの?」
「あかんやろ。」
「ほんならなんか安っぽいのんしかない。」
「なんでもええよ。」
「コートは?コートも黒?」
「あれば、黒がええんちゃう?」
「息子の靴下も黒じゃないとあかんの?」
「あかんことないやろ。」
「ほんまに〜?!」
「もー知らんわ!私、忙しいねん!」
自分の母親を亡くしたばかりの母に、ようこんなしょうもない質問をしてたな、私・・・と、今思えば申し訳ない気持ちになります。
故人を偲ぶ気持ちがあればよい、とは言いつつ、今まで経験したお葬式の中で最も喪主に近い遺族となった私はいつもより、
「お客様(?!)に失礼のない様にしなければ。」
と、気合いが入っていた割に、肝心の数珠を忘れてきて、たまたま2つ持ってきていた姉に借りたり、息子の靴下の色がどうしても気になり(青だった)、お葬式直前に当時高校生だった姪にお願いして近くのコンビニで黒い靴下を買って来てもらったりしてしまいました。
天国のおばあちゃんはきっと、 「ようこちゃん、東京から来てくれただけで、なんでもええよ。」 と言っていたことでしょう。
一番おかしかったのが、(すみません、身内なので)割と普通に主婦として生きてきたおばあちゃんの祭壇がやたら立派だったことです。
イメージですがこの写真より豪華だった気がする
会場に入った途端、白を基調とした様々なお花で飾られた大祭壇と周りに並ぶ供花を見て、
「なんじゃこりゃ!誰のお葬式!?」
となりました。
母に聞くと、
「なんかなぁ、おばあちゃん亡くなった途端に葬儀屋さんが来て、どんどん段取り進めて行きはるから、まだなんも考えられへんし、はぁ・・・はい・・・ではそれでお願いしますって言い続けてたら知らん間にこんなことになっとってん。」
「えーーーーーー!?その場におりたかったわ、私。おばあちゃんはそんな豪華なお葬式を望んでいないと思いますってなんぼでも言うのにー。」
供花の中にうちの夫の名前がある事もあり、葬儀屋さんに「お母様は芸能関係のお仕事をされていた方ですか?」と 聞かれたそうです。ウケる。
「途端に」という事も、「知らん間に」という事もあり得へんとは思いますが、実の母を亡くしたばかりの母にはその様に感じられたんでしょうね。
お骨上げの時も骨になってしまったおばあちゃんを見て、号泣しながら笑いそうになりました。
用意されたお箸で一人ずつ骨を骨壺に入れていくのですが、母が用意した骨壺が、
「ちっさ!」かったのです。
そのあとのお墓とか供養のことを考えてその大きさにしたらしいのですが、後に、
「なんぼなんでもちっさ過ぎたわ!おばあちゃん、全然入らへんかったやん!」
と娘たちに笑いながら責められた母でありました。
人の死は悲しいけれど、お葬式独特の「笑っちゃいけない」雰囲気の中で、思わず笑ってしまいそうになる瞬間があり、そんな時にお互いに「こんな時に笑っちゃダメだけど」と思いながら、誰かと泣き笑いの顔で目が合ってしまう時、私は故人が「笑っていいのよ。」と言ってくれている気がしてなりません。
四十九日の時は、実家にお坊さんを呼んでお経を唱えてもらいましたが、そのお経の詠み方が独特過ぎて、中学高校と仏教校だった姉と私は(なんやこの人、ちゃんと覚えてなくて誤魔化してるようにしか聞こえへんやん!中川家の中国語か!)と顔を見合わせ、クスクスと、もやは隠す事なく笑ってしまっていました。 毎日お仏壇に向かってお経を唱えていたおばあちゃんもきっと、天国で声を上げて笑っていた事でしょう。
イメージ写真です(笑)